レポート
2018.07.26

Memories of the sea vol.3 私の海に潮騒はない

 『一枚の海』

 

名城ビーチ。

幼少期を本島南部の糸満で過ごした。

海水浴に行くのは、名城ビーチだった。

入場券売場のおじさんは、灼けた顔にサングラスと麦わら帽子。

首には白いタオルを巻いている。

子供の私にはちょっと怖かったけれど、そこを通過すれば海が待っている。

砂の多い名城ビーチ。

コンクリートで作られた海水プールに、小さなメリーゴーラウンドもどき。

母が着ていた青と茶色の膝丈のワンピースを、写真のように覚えている。

 

 

国道58号線沿いの海。

黒く光る鉱物のような海を見たことがあるだろうか?

よく晴れた夜。

微風に凪いだ海には、月光の道がまっすぐに伸びる。

その路面は、宝石のカットのように冷たく硬い。

国道58号線の夜のドライブ。

車の窓から見上げる月は、どこまでも追いかけてくるし追いつけない。

砂辺海岸に車を停め、堤防に座って何時間もお喋りをした。

それぞれ好きなものを買い込んで、海に一番近いところで時間を過ごす。

バーやクラブで遊ばない日は、海でお喋りだ。

夜の空と海は、互いに漆黒に混ざり合っている。

人口の光の反射と月の道が通ったところだけが輪郭を示す。

海は鉱物のような質感と冷たさで静止している。

一緒にいる友達と目の前の海について話した記憶はない。

声にしなくとも私達はその美しさを共有していたはず。

国道、車、コンビニでの買物、カーステレオ、ドライブ用に編集されたMD、

好きな人、好きな友達、月、海、それらはセットになっていた。

海は主役ではないけれど、海じゃなければ出来なかった話は沢山あったし、

寝転んで見る夜空についての会話の方が多かった気がするけれど、それだって海にいたことが大事で、

海じゃなければ夜空を見上げることもなかったかもしれない。

 

 

読谷の都屋。

優雅な手毬のようなアダンの実が、いくつも生っている。

帰省すると子供達を必ず連れて行く、名前も無い小さなビーチ。

夕焼けが綺麗で、白い砂浜は足跡をつけるのがもったいないほど清らかだ。

子供達は何時間でも海の中で遊んでいられる。

私はそれを、一枚の絵として思い出す。

白い砂に映えるオレンジ色は太陽か、熟れたアダンの実か。

幼い頃から今まで、隣にいる人が変わっても、海はあった。

干渉もせずにいつも無条件でそこにいた。

 

私の海に潮騒は無い。

思い出すと浮かぶのはいつも静止画だ。

海で何をしたかというより、あの時の私がいた場所が海だった。

海は一緒にいた。

 

【森田恵美子】
もりた えみこ。那覇生まれ。東京都在住。
2011年~2014年、ロンドン在住時に琉球新報海外通信員。
2014年より、詩人高木敏光に師事し短歌詩歌の制作に取り組む。
2016年 歌集『音痴』
2016年 短歌と写真のコラボレーション写真集『ずれ』。
2017年 歌集『愚行』

森田恵美子

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