「ぷはぁ!」と海から顔を出すと、キラキラと光る海面が広がる。
ダイヤモンドやエメラルドの断面を繋ぎ合わせたみたいな煌めきに、思わず見入ってしまう。
大きく息を吸って、また海に潜る。
体につき刺さるのではないかと思うほどの強い陽射しも水の中ではやわらぎ、
太陽の輪郭もぼんやりとしている。
水中から見上げた海面には光が反射して、無数の波紋が生物のようにウネウネと動く。
白い砂地に映る瞬きはどこまでも続いて、
この光の道を辿れば浜から見える西表島へ渡れるんじゃないか、と真剣に考えたりした。
豊年祭の前日に石垣島から鳩間島へやって来たわたしたちは、
船の中から眺める海に興奮を抑え切れずにいた。
宿に荷物を置いて、教えてもらった浜へ向かう。
透明な海に足を浸しただけで体中がスーッと涼しさで満たされた。
島の子どもたちに混じって、夕方になるまで海で遊んだ。
浮いたり、泳いだり、水中メガネをかわりばんこに付けて潜っては、
ヒラヒラと漂う色鮮やかな魚を見つけて喜んだ。
大学生最後の夏休みを、わたしたちは鳩間島で過ごした。
夕食を終えてそれぞれの部屋で眠ろうとしていたら、だれかが散歩に行こうと言った。
ビーチサンダルを履いて、遠くに見える弱々しい灯台の光だけを頼りに真っ暗な道を歩く。
暗闇の中、海は見えないのに波の音がどんどん近くなる。
波は耳のすぐ隣で生まれては、消えていくみたいだった。
テトラポットに寝転ぶと、夜空が視界を埋めつくした。
あちこちで星が流れ、巨大な天の川がくっきりと空に現れている。
感動する一方で、その圧倒的な美しさが怖くなった。
世界を押し潰してしまうのではないかと思うほど、強大な夜空。
こちらにまで迫ってきそうな波の音だけが響く。
この世界に、わたしたちしかいないのではないかと錯覚してしまいそうだった。
古来から、この島の人々はこうやって海や宇宙と対峙してきたのだろうか。
あまりに小さな存在である自分と、途方もない自然の大きさに恐怖を抱き、
今日を生きる奇跡を想った。
自分は生かされていると感じたのではないだろうか。わたしがそう感じたように。
友人たちと鳩間島を訪れてから、17年が経った。
それぞれ違う仕事に就き、住む場所も離れ、以前のように気軽に旅に出ることもなくなった。
日々の小さな躓きや悩みを共有することもない。
それでも、彼らとは特別な繫がりを感じる。
鳩間島で過ごした夏休みが、今のわたしを形づくる一部になっているから。
海を見る度、彼らと過ごした鳩間島の夏休みが蘇る。
時は過ぎ去ったけれど、海が永遠にあの時とわたしを繋いでくれる。
【宮里綾羽】
みやざと あやは。那覇生まれ。那覇在住。
栄町市場内の古本屋「宮里小書店」副店長。
池澤夏樹の公式サイト cafe impala「宮里小書店便り」連載中。
『本日の栄町市場と、旅する小書店』(ボーダーインク)が発売中。