こんにちは、琉球歴史研究家、嘉数仁然です。
今、私がいるのが那覇市明治橋です。
そして、私の後ろに見えているのが、那覇港!
多くの人に利用されています。
沖縄がまだ琉球王国と呼ばれていた時代、中継貿易で港はとてもにぎわっていたんです。
その様子が昔の絵に描かれています。ちょっと見に行ってみましょう。
ということで、やって来たのは浦添市美術館。
こちらが19世紀に描かれた琉球交易港図屏風(りゅうきゅうこうえきこうずびょうぶ)です。
当時の那覇の賑わい、そして大小多くの船が描かれておりまして、なんだか見てるだけでワクワクする絵になっております。
この図の大部分を占めているのが、琉球第一の港の那覇港。

中継貿易の拠点として栄えた、那覇港。
貿易で使用された進貢船(しんこうせん)も描かれ、繁栄した琉球の躍動が伝わります。
こちらが那覇港、そしてこちらが泊方面になるわけなんですが、あれこれ地形どうなってたんですかね?
現在、那覇港から泊までは陸続きですが・・
1700年ごろの地形だと、こんなふうに海に隔たれていました。
いやー、海ばっかりですね。
こちらが現在の奥武山(おおのやま)です。かつての琉球の景色と比べてみると面白いですね。
さらに、地形だけではなく、琉球時代の人々の暮らしを知ることができるんです。
こちら落平(うてぃんだ)という場所は、那覇の人たちの水源になっていた場所なんです。
現在でも残されていて、水量は減りましたが、今でも水が湧き出ています。
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